それは起こるべくして、起こったことです。
あの立場に置かれたら、誰だってそうなるでしょう、、
私みたいな人間でも、、
私は自分のペースで評価されることを夢見て、、
売れることを夢見て、アプリという作品を作っているのですが、、
何だかんだと言って、それに時間を掛けていたら、、人生を捧げていたのなら、、
自分の分身、、その分身を超えて「自分自身」な訳です。
その作品、、「自分」を全否定された挙句、、好き勝手されたら、、
そりゃ、自殺くらいするでしょう、、
金持ちは、、お金では動きません、、
私が知らない人間にだって、、大金持ちは無数にいます。
むしろ、自分が知っているお金持ちの方が圧倒的に少ない、、
それが現実です。
それなりに生き残り、、実績を残し、、生き残ってきた先生が、、
お金持ちじゃない、、お金のためだけに仕事をしていると考えるのは無理があります。
当座のお金に困ってもいない人間が、、なぜ働くのか、、
お金なんかよりも、、承認欲求の方が勝るんです。
「自分」を全否定されたら、、
そりゃ、自殺くらいするでしょう、、
人間は、、他人から認められないと生きていけないんです。
まあ、私みたいな例外の人間もいるはいるのですが、、
基準点を過去の自分に置いて、そこからの差分で幸せを感じる人間も、、
それでも他人からの評価は嬉しいものです。
そして、評価されない場合は、、自己評価との差分で、、
評価されない事がおかしい、認めさせてやるという反骨精神が出るのですが、、
恋愛の話でもないのに、、
恋愛の話にされたそうで、、そういう流れになっていたそうで、、
そこで原作者の介入があって、、最終回と、、その1つ前の話を書いて、、
そしてそれが放送され、、その内情を、Xで告白し、、
下ろされたシナリオライターからも、世間からも非難され、、
「いじめ」られて自殺したんです。
さて、今後、、シナリオライターは、、仕事ができるんでしょうか?
仕事が来るんでしょうか?
契約を制約を無視して、、恋愛脳で、、
なんでも恋愛に結びつけてしか物語を作れない人間が、、今後、仕事が出来るんでしょうか?
漫画家の先生は、、契約の段階で、、主人公はいじらないでと要望を出していたのに守られなかったということ、、
プロとして、、制約を制限を守れない、、それを無視するなんて、、プロ、、失格です。
今回、無事、、逃げ仰せても、、
「いじめ」で自殺に追い込んだ事実は変わりません。
そして、テレビ局も、、この後、、如何するんでしょうか?
さて、テレビ局、、
1年前に、、生放送で、、水族館?、動物園?の、、ペンギンのいるプールにわざと落ちて、、
ペンギンを押し殺しそうとした事件がありましたが、、
生放送で、、水族館?動物園?に取材できる様になったのでしょうか?
テレビって、、
それこそ、視聴率のためなら、天然記念物でも殺したって構わないくらいの幼稚なことをします。
さて、今後は、、如何なるんでしょうか?
如何するんでしょうかね?
えーと、、
漫画家の「作品」を売るために、、
テレビドラマ化を許可して、
その結果、、出版社は、、「漫画家」を「作品」を「商品」を失うって、、
こんな前例が出来たら、、誰も商品を、、「作品」を貸しませんよ、、
これは、日本だけでなく、、ハリウッドだって、、同じ事です。
さてね、、
こんな事が、、起こったら、、
テレビドラマの企画を出された時に、、打診された時に、、
「監督「と「シナリオライター」、、そして、、
その方たちの、過去の実績、、悪行を調べ尽くされますよ、、
契約段階で、、それらを明示し、、契約でガチガチに縛らないと、、
誰も、、契約なんてしてくれませんよ、、
さてね、、
「集英社」で実写ドラマって、、ありましたっけ?
映画なら、、「暗殺教室」がありましたが、、
「小学館」「講談社」はテレビドラマに好意的で、、
「集英社」は厳しい、、と私は見ているのですが、、
集英社が厳しいのは、、ただ単に、、ファンタジー色が濃いだけでしょうか?
今後、「小学館」「講談社」も厳しくなると思いますよ、、
確実に、、厳しく、